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0534 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 534 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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たりするに至るは自然の事である。

加へらる、虞傳によって、遂には不可思議の霊場とせられたり、無盡の寳を藏する場所として射利の輩が近きつけ

羽田博士史學論文集 歴史篇

蒸骨教の宣布の爲に、前世紀の初頃から此の地方に入り込んだ諸國の宣教師の人々は、土地の人々から履きかへ
る種類の傳說を開き込んだもので、今世紀の初頃まで數へられた此の種の遺跡は十五程にも及んだ。多くは文字
通りに掘出し物を搜し步く此の地方のトレジァー・シーカーの傳へたものである。一八九〇年〔明治二十三年〕
に英國のパワー大尉が、庫車即ち古書北道中に有名な國として存在した龜茲國の西方近き所に埋もれて居る塔を
見歸って、その中から出た古書物を土人から貰ったのであったが、此の塔は前年即ち一八八九年に庫車の人が發
掘したものであった。發掘の動機は一般に前有名なヤクブ・ベックの時代に土地に埋もれて居る古家の中からや
り出した仕事であることが一般に知られて居るのだが、建物の庭から掘出し連中が、同樣なうまくある繰りで財
寳を見出したことがあり、それが一般に知られなかったが、二匹の孤牛も板も立ってこそ居れ、一定の牝牛も生きて居
と、二定の孤の立って居るのと同時に恰も腹の固まりに觸れると思はれる、建物の庭から掘出し連中が、同樣なうまくある繰りで財
べき管はなく、手を觸れると同時に恰も腹の固まりに觸れると思はれる、ぼろぼろに壊れてしまったといふ。此の女
書設見のことが歐洲に傳はってから、一八九三年人の注意を惹いて、常時印度に奉職して居った英のヘルンル氏早くも
かゝる遺物を蒐集する計畫を立て、北道の手闊附近の廢壁から關係地方の官吏に訓示して、此
の事業に全力を盡した。南道の手闊附近の廢壁から關係地方の官吏に訓示して、古
錢、印章、土偶、燔物、書物の斷片の類が採集されて居たが、ここに於て此等の遺物は主としてカシュガルに