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0535 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 535 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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屆つた英國の貿易官、カルトゥー氏の手に依つて英國に寄集せられ、また露西亞に送られたものもあつて、此等が盆々學者の注意を惹くことになつて來た。一方又宣教師や地理學者なども、常に此の遺跡及び出土品に對して注意を怠らなかつたもので、有名な人としては佛のデュトルイル・ド・ラン氏、グルジ・グルジマイロ氏などを擧げることが出來る。此等の人々は土人の探集した遺物を買うたり實際此の地方の地中に存在することを世に紹介した。恰も此の頃中央細亞から東北に當通り、多くの遺物が實際此の地方の地中に存在することを世に紹介した。恰も此の頃中央細亞から東北に當る外蒙古や芬蘭の探檢家が、從來殆んど何事も知ることの出來なかつたトルコ族なる民族の文化と回間とかいふ部族の交獻を探りあつて、世間に紹介し、從來殆んど何事も知ることの出來なかつたトルコ族なる民族の文化と回間とかいふ部族の交獻を探りあつて、世間に紹介し、新しき光明を與へた時であつたので、此の中央細亞の遺跡の紹介は一層學界を刺戟して、在來の書物の上に於て知り得ざる消息を、昔在りし如く地下に横はつて居る遺物について死め、重要にして然も不明なる東西文明の交渉の跡を明かにしようとする希望が、歐洲諸國の間に盛になつて來た。

四 諸 國 の 探 檢

一八九九年〔明治三十二年〕に羅馬で萬國東洋學會の開催された時には、歐洲學界に於ける中央細亞探檢熱は、餘程高潮に達して居たものゝ如く、逢に萬國中央及び極東亞細亞探檢協會組織の議を告げて、露西亞のラドロフ博士によつて此の會議に提出せられ、ついで一九〇〇年漢堡に開かれた同會で愈々が成立を見、土地の關係から

四九七