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0557 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 557 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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守を置きて治するを云ひ、「沒斯又有長史、掌兵馬、秩尉の名とともに腰々史上に見ゆる所なりとす。關内侯の稱も同書に據、数より其第十九に此名あり、師古
注して「侯魏而居京後、無邑色」と云ふものにして、皆秦漢の制に依ひて其官僚を設けしを以て、前涼の人李柏の此官僚を稱するもの、もとより督しむに
りしものは、皆秦漢の制に依ひて其官僚を設けしを以て、前涼の人李柏の此官僚を稱するもの、もとより督しむに
足らず。

此書牘が何れの國王に致されたるものなるやは、此交のみを以てしてはもとより之を知る可からず。されど幸に
して此交書と一束の狀態に於て、同所同時に發見せられたる同一類の紙面筆蹟なる文書の斷片ありて、爲に此點に
綱する。道の光明を附與するを記む(口蹟參照)。即ち、

侯書
匡柏言鳶書王龍

月十五日共

と記せる三行の斷片之なり、其柏なる名の存するよりして、また其發見の狀態等より、此兩交書の間に關係の存する
ものなるべきは否む可らざる所なるべし。因みに見ゆる鳶書王龍とは、此書は李柏の時代の關係よりして、必ず其王龍照を指せるものにして、其時代の鳶書王に致したるもの外ならざるべし。
此推察にしきは否む可らず。即ち鳶書王傳によれば、菅武帝太康の時、菅鳶書王龍安子を遣はし
にして、「照字の謎なけたるものと見ざる可らず。断片に見ゆる鳶書王龍とは、必ず其王龍照を指せるものにして、其時代の鳶書王に致したるもの外ならざるべし。
て入侍せしめ、安の子會の時に至りては、「己は偏弦を射的て其王となり、子の鳶を以て木國鳶署の王となせり。張

大谷佰爵所藏 新疆史料解說