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0595 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 595 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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の間では、匪に古くから曲先(Küsän)とかいふ名は蒙古人にこれを傳へたと思はれるトルコ人
て少しも差支えないのである。但しこれらの文書の時代は蒙古時代よりも更に古く、大概唐代
を唐代のものと認めてゐるが、それは決して確實勤勉があるべからず存するのではない。多くの人が大概唐代
のものゝ存することは否まないが、更に後の時代に属するものも少なからず存するところ
である。それについての詳細な研究は他日の発表に讓ることにする。

此の如く余は R sän といふ名を案古時代からの記録に見える曲先(R sän)=即ち
古の龜茲の地を稱する名であると考へるのであるが、この名は匪に遠くとも西紀第十世紀の生頃にはこの地方のト
ルコ人の間に行はれて居たものであらうと思ふ。(元史卷一八〇邪律希亮傳、明史西域傳の終りに附せる朝貢の地
面を記せる所にも苦先の名見ゆ)龜茲の土名は嘗てペリオ氏の論じたやうに、唐代の基
語文書にはこれを Küig と稱して居るのであるが、この頃トルコ人等はこれをこの文書に見える形、即ち「Tursrezzaz
と稱したのであらうと思ふ。その詳細と思はれるものは有名な Massuidi の Les prairies d'or の中に「Tursrezzaz
は Khōnegīn と Chīne との間に位する Küikān といふ町を擧げ、今日即ち三三三年(西紀九四三〜九四四)に于
べてのトルコ族中最も重要で、また最もよく統治された種族で、また別に「Küikān の町を擧げ、Tarsazas を統側するトルコの王」云々
リマニ教を奉ずるものである。」と記され、また別に「Küikān の町を擧げ、Tarsazas を統側するトルコの王」云々
といふ記事のあることである。この頃の Tarsazas といふ名前西疆後のウイグル部族を指したものであることは少

大月氏及び貴霜に就いて
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