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0615 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 615 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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ある人では無くして、寧ろ臣藩の身分、少くとも失意の境遇に在つたものゝやうに思はれる。親は孝文帝の大和十六年に官僚の世襲について整制したことがあるが、僻を世襲することは依然許されたから(魏書百)不の一家が教煌に従つた後に其の中の一人なる太棠が矢張り東陽王と稱して居り、それが永安二年に正王に封ぜられたものではあるまいかとも思ふ。
雲岡の石窟寺は魏の洛陽遷都以前に略ぼ出來上つて居つた筈である。遷都以移此の頃に至ろまでに三十餘年を經てゐる。既に敦煌鳴沙山腹に開かれてあつた千佛洞が新たに東陽王に依つて增修せられたに就いては、それが必ず多少とも刺激ともなり、模範ともなつた事であらう。

(昭和二年七月九日稿、歴史と地理第二十卷第二號)

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