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0673 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 673 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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居ない此等諸國の史讀は兎も角も知り得ないものであることは、ここに於
いて従来東洋史の研究に従事した西洋の諸學者で有名な人々は、摺ひも摺つて支那の歴史、殊にその外國傳、もし
くは旅行記の類を、その一ノの國語に翻譯したもので、支那に来て居た宣教師等はいふに及ばず専門の學者等なら
佛蘭西のレミュザー(Rémusat)とかジュリアン(Julien)とか、獨逸のクラプロート(Klaproth)とかいふ人
人をはじめ、今日の學者も前同様の事に従事して居る、たゞ後の人々は前の人の翻譯を訂正し、獨逸に於つて居
したものを讀み出して篇々考證を施し、尤も一齊に翻譯といふても十九世紀の牛頃迄は主として佛蘭西のシャヴンヌ(Chavan-
nes)氏や、漸次後になるに従つて篇々考證を施し、田田氏の如き審密かになつたのである、現今の佛蘭西から此等
漢史の中に小器用に書き付けてある此等の記事は、たゞ一部一分を照らす柜火であつて、未だ全般の光景を映じ出
すに足る日光の如きものではないのである、換言すれば、儼然たる蒙古のオルコン・河域に一
例を挙げて見なければ、唐の玄宗皇帝が突厥の關特動、換言すれば、儼然たる蒙古のオルコン・河域に一
に建てゝ、それが今日に傳はつて居るのであるが、漢文はその一面功績をあるが、漢文はその一面功績をあるが、
功が書き付けてある、今日の學者が苦苦重ねてこれを讀解した結果によると、儼然たる蒙古の地に據つた回鶻の中
には、二度までもシル河を越えて今の霞領中央亜細亜に侵入して居る、また突厥については蒙古の碑文に記されてあ
も、或る可汗はやはり軍を率ゐてシル河地方まで進んだことが、その毗伽可汗(Bilgä qaghan)の碑文に記されてあ
る、蒙古と中央亜細亜とは地理上截た關聯して居るのみならず、途には大山沙磧などの難所があつて、一行旅の如き

輓近に於ける東洋史學の進歩
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