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0702 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 702 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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うが、このような好尚から唐時の人は酒席を斡旋する胡姬を喜び、梨園においても胡羯・胡見などと稱された俗
人・樂工をもて囃したのであって、唐代の詩文にはこれらのものを題材にしたものが少なくない。
 唐代の音樂、いわゆる胡樂の流行である。もっとも西域の音樂は必ずしも隋唐時代になっ
て始めて中國に傳わったものではないが、この頃になって漸く古來の中國の音樂、即ち雅樂を九部とかの音
を司どる太常に立てられたものにおいてさえ胡樂が重んじられるようになった。中でも最も盛んに行われ
た音 樂 次に擧げるべきは西域音樂、いわゆる胡樂の流行である。もっとも西域の音樂は必ずしも隋唐時代になっ
學として西域の龜茲樂であったようである。朝廷で正樂とした程であるから、胡樂でないまでも外國音樂であった。唐代に最も盛んに行われ
のであって、先の元稹の詞などによってもその狀態を窺うことができる。李白の詞勿論一般にも非常な流行を見た
は中國の凉州地方で行われていた西域系の曲調に合せて歌われたものであろう。恐らく當時西域貿易の一大中心であり、西域人の來住者が
多かった中國のことばであるが、その題名などから考えれば、恐らく當時西域貿易の一大中心であり、西域人の來住者が
胡樂の流州と切り離して考えることができない。登蹴同じて踊る骨騰舞・胡旋舞、或は獸皮製の一種の被り
ものを着けて舞う蘇莫遮(そまくしゃ)などが大きな問題の中に保存されていた當時を彷彿とさせるものも少くない。
の中に着けて舞う蘇莫遮(そまくしゃ)などが大きな問題の中には現在我が國の舞樂

學術
 インド傳來の音韻學は中國の音韻學を完成させ、この基礎の上に唐初に至って詩が成
立したとされているが、南北朝の末から唐にかけてもインド起原の天文・曆法が中國に傳來して相當大きな影響を與えた。
 高宗の末年から玄宗の時代へかけて七十八年の間、或はその後までも中國の天文・曆法事務に關係したのは主とし