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0709 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 709 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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蒙古族が支那に君臨した元一代の間、支那の文明に對して如何なる態度を執つたかといふことは、史上共だ興味のある問題と認められる。従がつて直接問題に關する論述はが少くない。然しながら求むだいふことは、自分もこれについて精細な研究が施された訳では、なく、問題の性質上、これを諸般の方面から考へ、且つ北人の支那に入つて建てた諸朝の執つた態度とも比較して見なければならぬ必要もあつて、いまだに其の成果を得ない次第である。今こに關して多少の研究を試みたが、問題の性質上、これを諸般の方面から考へ、且つ北人の支那に入つて建てた諸朝の執つた態度とも比較して見なければならぬ必要もあつて、いまだに其の成果を得ない次第である。今こに聊か概括的の論述に及んで見ようと思ふ。

は其の中の一節、主として元朝の発した詔勅もしくは官府の文秘の體裁について前人の所説を続き、それに因んで

趙翼は其の二十二史劄記卷三十に於て、「元語帝多不習漢文」を論じ、元の世祖・武宗等の漢文を知らず、最も能く儒道に親しんだと謂はれる仁宗の如きすら、大學衍義を讀むに當り、これを蒙古語に譯せしめた世祖の太子賞金に於て漢文に深く親しんださりしを知るべく、位に卽くに及ばずして死んだ世祖の太子賞金のみであつたとし、また天子のみならず、獨り學問に心を留めたほは、位に卽くに及ばずして死んだ世祖の太子賞金のみであつたとし、また天子のみならず、朝廷の大臣等に於ても同様で、世祖の時、江淮行省に一人の文墨に通ず

元朝の漢文明に對する態度

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