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0713 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 713 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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字を制定して、倘、般には通じてゐない時の事であるから、此の際俄かに實施することが出來なかつた事情に因る
ものであらう。然るに間も無くこの規定は變ぜられて、元典章三十一、學校の章中、蒙古學の條に、至元八年正月
の詔を載せて、其の中に、蒙諸印信、 並發所鋪馬劄子、 並用蒙古字⑤
一、省・部・臺・蒙古諸印信、
一、省・部・臺・院 今蒙古子孫勇姓作蒙古字閑者添顔兒⑥ 並令並用蒙古字人員、充闕者赤
習見漢見公事。其餘内外諸衙門。凡有奏目。用蒙古字。  即令
一、省・部・棠・院 凡有行移文字。 並用蒙古字。 標寫漢宗事目。
などと見えて居る。此等の諸項を引きくるめて見ると、中書省・六部・御史臺・宜政院等を始め、内外諸官衙の公
文書にはすべて蒙古字を用ゐしめ、蒙古の書史にも蒙古字で公事を行ふことを習學せしめると
いふのであって、大いに蒙古主義を發揮したものである。先きに蒙古字を制定して後、其の年七月には諸路に蒙古
字學、京師に蒙古國子學を置き、蒙古字によって諸生を教覈したので、こゝに至って前にのみ用ゐると
定められた蒙古字を、すべての公文書に及ぼすことに進めたものと思はれる。そうして此の詔の發布せられた時、
卽ちに至元八年五月⑦に、重ねて詔して蒙古漢人官員の子孫の優秀なるものをして蒙古國子學に入らしむることを合
した方針は、かゝる方針を實行するについての必要上からの事であったと思はれる。然るに此の詔の條に、
まに行はれ得なかったものと見え、元史世祖本紀至元九年七月壬午の條に、

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