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0716 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 716 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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かる㈠の範疇に属することの多くの証據が現存するのは、前に引いた「仍以其國言調之」とあるのと考へ合せて、少くとも
この解釋を施し得ることは、更に強くに證據であり、そうして次に述べるやうに、國語を必ず常につては明らかに蒙古語・漢語
と書き別けてあることは、ただ蒙古字體で漢字音を寫したものもあり、また漢字だけのものもある。思ふに初めは至元六年の詔に見
えるやうに、兩字體で書くのが定めであったのが、後には至元九年の詔や稽鑑大傳に記さる、通りに、必ずしも一蒙古字だけ
で書くように定められ、然而實際には初めの儀裁の如く行はれ⑤、必ずしも一定し難く、
また單に漢字だけを用ゐること、も特殊の聖旨碑については考へて見なければならぬことは、聖旨碑そのものは蒙古字のみ
の、もしくは漢字のみの聖旨碑について考へてその一方を削り去つて他方のみを殘した場合もあったらうということであっ
て、あったも今一體のみで確に刻する場合その一體が後から補はれたと考へる餘地はあるまい。但し一體
で記されているものについては、恐らく共の一體のみはそのまゝ原形であったと考へるものと漢字を蒙古字で寫し漢語に
比の如く元朝の聖旨には、漢地に對しては漢字のみを用ゐる蒙古字で寫るものと漢字で寫したものと
の兩種を併記したが、至元八年以後はすべて宣文書に記された鳥であらうが、それ
にして両語を併用語については、實際政治上の必要で追られた方針であったと解すべきである。然るに
時代の進むに從つて、蒙古の色彩政治は愈強くなって、單に文字だけでなく、用語も蒙古語に用ゐることに變つてい
たと思はれる。

六七八