National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0719 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 719 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

念の為に述べて置かなければならぬことは、上述の如く使用することを主としたものであり、同じ元朝でもその以外の使
は、要するに矢張りと令と符の文移とかいふ官文書に用ゐることを主としたものであって、その證據には一方に、蒙古以外の一
般の用には矢張りな漢字を用ゐ、「至元二十三年十二月」戊午、翰林承旨盲盲壁書、其の他にも此の種類のことや、国史陸纂修太祖黒前實録、諸典の翻譯に當る佛典の翻譯に圖
字繙釋、侯奏然後驗定、従元紀を始める。国史陸纂修太祖黒前實録、諸典の翻譯に當る佛典の翻譯に圖
用ゐたことは能く知られる所である。その他にも此の種類のことや、
字を用ゐたことも勿論盛々記されて居る。例へば元史宗本紀至順三年四月の條に「以國字譯眞觀政要」と
あるが如きはそれである。元末順帝の時代にも、理由は明らかにしようとしたが、ともかく蒙古人の蒙古字を學ばしめない事にしようとして之
の念が盛々盛んになって、漢人南人に蒙古字や異吾字を學ぶことを止めたことは、元史卷百八十二、許有壬の傳に見えて居る。これも当時元字が蒙古字とゝもに元朝・南人
れて居った詭據に外ならぬ。

さて福建行省に對して此の年以來漢語の詔勅を下したとすれば、その他の南方語行省に對しても、また同様の事
が行はれたであらうと考へられるが、今その一の有様を知ることを得ない。併しながら普通の漢語の詔勅とはいふも
の、これを以て直ちに普通に行はる漢文の詔、即ち古體に問ひ、典雅な文句を用ゐた普通の詔勅の態度のもの
と認めることは出来ない。名は漢語の詔勅であっても、實は蒙古語を書いた聖旨をそのまま当時の俗語に直譯し、

元朝の漢文明に對する態度