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0730 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 730 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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通行本元典章には漢語を楷書と書いてあるが、今は元史卷二百三、八廻巴傳に見える此の記を踏まして改める。
影大雅の黒縫事略には漢語を援稿と書いてあるか、「共言語有田無字」多從假借而常從俗音
る記事と今の漢字で譯した元朝の如き觀政のものは、早くから蒙古で行はれて居つた
ものと認めたければならぬ。これに對應す
不敏。仿以漢字書其詞」と見ゆ。なは元史卷百二、刑法志一「鋼馬剌子」の條に見える


此の如く仿以漢字書其詞」と見ゆ。

月二十五日中書省議「座慶慶感之、云々、見古字、其各慶站赤未能定知。仰稽書圖匠、
目、復以名印覆之。此の文を抄出しある。箇内博士は鋼馬四散地
理歴史研究告書九所謂元古字は「是兀兒子」にありとして見る所と關係にも、此の經世大典赤の記述しある。
「こゝに三月以來所調元古字は「是兀兒子」にありとして見られるに至り、元典章に見ゆる所と調べた關係は、鄉澄小站赤の修、大典所に「至元八年正
やうに思ふのであるが、元典章所載の記も、「本文に引いた元典章に見ゆる所と調べた關係は、そのやうに三月以來所調元古字を以てすべての鋼馬剌子を解釋し
ことを思ふたのであるが、「理あることと思はれるが、此等の記も、一要項に開したものであると思ふ。無論八廻巴の制定した鋼馬剌子を指したものを見るやうに思ふのであるこゝに「理あること」と述べたに至り、元典章に見ゆる所と調べた關係は、そのやうに三月以來所調元古字を以てすべての鋼馬剌子を解釋し
中、至元三年以來用ゐられた元古字は「是兀兒子」にありとして見られるに至り、元典章に見ゆる所と調べた關係は、そのやうに三月以來所調元古字を以てすべての鋼馬剌子を解釋し
に倘は思ふすべきであるやうに思ふのであるが、元典章所載の記も、「本文に引いた元典章に見ゆる所と調べた關係は、そのやうに三月以來所調元古字を以てすべての鋼馬剌子を解釋し
記事も、ともに至元八年正月の日附にあるのであると思ふ。無論八廻巴の制定した鋼馬剌子を指したものを見るやうに思ふのであるこゝに「理あること」と述べたに至り、元典章に見ゆる所と調べた關係は、そのやうに三月以來所調元古字を以てすべての鋼馬剌子を解釋し
前事も、ともに至元八年正月の日附にあるのであると思ふ。無論八廻巴の制定した鋼馬剌子を指したものを見るやうに思ふのであるこゝに「理あること」と述べたに至り、元典章に見ゆる所と調べた關係は、そのやうに三月以來所調元古字を以てすべての鋼馬剌子を解釋し
らぬ上、大典のこの記にいふ蒙古字を見るならば、前後の事關係を參考して、少しく意を必要としないのに外ふ。即ち大典のこの記にいふ蒙古字を見るならば、前後の事關係を參考して、少しく意を必要としないのに外
國字を用ゐることになった。即ち大典の記事は「鋼馬剌子は初め(至統三年以來)蒙古字(兀兒字)を用ゐて居つたのだから云々」と見る。そこで「(今)これを改めて
を補ふて見るべきではなからうか。しかし至元八年正月二十五日に中書省が鋼馬剌子について議したのは、典章に見えるやうに、