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0735 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 735 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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支那の
北族諸朝と漢文明



こゝに北族と申します名前に就ては一寸お断り申して置かなければならぬ、ぼんやり北族と云ふ名前を用ゐたのでありますが、要するに支那の北の方、或はもつと細かく申しますれば漢の方をも含む譯で、その地方に据って居た民族の中、支那に出て朝廷を立てた民族が、支那の文明即ち漢文明に對してどう云ふ態度をとつたものであるかと云ふことについて少しく管見を申上げて見たいと思ふのであります。尤も斯う云ふ話は決して新しい話ではなく、従来から度々論ぜられた問題でありますので、たゞ真め塞ぎに過ぎないのでありますが、それに就いて何か新しい見解もあるかと申しますと、別にさうでもない、この方に寄つた民族で支那に這入り込んで朝廷を建てたものは決して少なくありませぬ、歴史の上に所謂五胡十六國と云ふやうな時代のことは暫く省略するとか、或はまた支那全體を支配したと云ふ朝廷は少くないので、例へば五胡十六國の後継末をつけた親の朝廷、続きまして塞河の上流からもやゝ大きい勢力を以て支那の北の部分を領したとか、若しくはその一部分を領したとか、支配したと云ふ朝廷は少くないのである、例へば五胡十六國の後継末をつけた親の朝廷、続きまして塞河の上流から起って来ました金であるとか、或は黒龍江の邊から起って来ました金であるとか、

支那の北族諸朝と漢文明

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