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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0742 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / 742 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000267
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やうにだんだん女貢の文明に感化せられる事が盛になつたので、そこで世宗は深くこれを嘆いて先づ第二に國語の保存問題から考へ出して居る、女貢の國語といふものを保存して、いろ〳〵な用を達すには成るべく女貢語で話すやうに殊に朝廷の公の場合に女貢語を用ゐられることはならぬといふ法令も出して居るのを見ると、女貢人を殊別する場合には女貢語を用ゐる所の大學を立てゝ、漢人で女貢語を官史に取立てることを始め、場合に限つて漢語を使つて居る。が女貢人を殺到する場合には女貢語を用ゐることにもした、又漢姓を用ゐるふの所の大學を立てゝ禁じから出た者を官史に用ゐなければならぬといふ方針を執り、種々の方法を始め、清朝において現在勢力を盛る様でありまして、支那の文明を駆逐し、堅く女貢の文明を保持しようといふ方針を執り居る、清朝においても矢張り同様でありまして、支那の交明を駆逐し、堅く女貢の文明を保持しようといふ方針を執り居る。唯今の世宗を模範に取つてやかましく支那文明の感化を蒙らないやうに漢人の所為に倣はないやうに改めることを勧めて居るけれども自分は仕はないのではない、その一つには臣下のある人が度々満洲の衣服の改洲一體に蒙古、朝鮮までの及ぼしてゐた清が支那にまだ清が支那に君臨する前、金の世宗を模範に取つてやかましく支那文明の感化を蒙らないやうに漢人の所為に倣はないやうに改めることを勧めて居るけれども自分は仕はないのではない、その一つには臣下のある人が度々満洲の衣服の改化を蒙らないやうに漢人の所為に倣はないやうに改めることを勧めて居るけれども自分は仕はないのではない、その一つには臣下のある人が度々満洲の衣服の改めて支那の着物を着け、又支那人の制度に改めることを勧めて居るけれども自分は仕はないのではない、若し彼等は君と
して巨下の申上げる課めを容れないものであると見て、若し自分がこ漢の風に隨つて寛大大袖の着物を被て支那の風俗に隨つたならば、今茲に朕が来て膨らして武張つた點を乗て、騎射の風を偶置して武張つた點を乗て、とが出来るか、斯くして安泰に居られるのは、斯を漢の風に隨うふ筒袖の着物を被て、騎射の風を偶置して武張つた點を乗て、満洲人と擢ぶ所はなく、満洲人の強なければこそ斯やつて居れるのである、それを漢の風に隨つてしまへば全く支那人と擢ぶ所はなく、満洲人の強