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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0749 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / 749 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000267
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十に分け、偏者を致しましても、著者その人がひどく慣憶した人のことでありますから必ずしもこの通り
書いたまゝのものと致しましても、その上の九番目に乞が置かれている。これは偶へらる、通りに郷所聞の
であつたとは信じかねる次第ではあるが、更に角この時代には單なる偏者の如きは、別に眷重されたものとは考へ
る事は出來ないのであります。
それでは元の朝廷が外の朝廷と異つて斯ういふ態度を執つたのは何故であるか、外の朝廷ではみんな支那文明に
同化することになつたのに、同じ北方民族でありながら元の朝廷だけはさうでなかつたといふことについて考へ
てみなければならぬ。今こゝにこの現象を以て外に申しました
が、例外といふことは同じ事情の下に違つた結果の起つたのを指すべきではないのであつて、さう考へれば元の朝廷に違つ
た結果が起つて来たに過ぎないと見るのが適當と思ふ。それではその異つて居つた事情とはいふのは何であ
るかといふと、支那文明の一端を知つて居るに過ぎなかつた所の他の朝廷とは異るとか、遼東であるとかいふ所から起つて、僅かに
支那文明の特徴を知つて居つたのであつて、通俗な言葉を用ゐれば頗る世間が廣かつたのであつて、他の諸朝の田舎も
各其の特徴を知つて居つたのであつて、通俗な言葉を用ゐれば頗る世間が廣かつたのであつて、他の諸朝の田舎も
のたるのとは大に趣を殊にして居つたのである。



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