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0756 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 756 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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達してみない保守主義を示してゐるとの見解を持せられたものである。
 かくの如く保守主義と同化力との両者を漢族の有した特徴として説かれたのであるが、これは四人も既にこれを
説いてゐることが必ずしも博士に始まるのではない。但しかく両者を区別したように見えるけれども、然も漢族を
周囲の民族から圧迫せられたが故に日己に保守的同化するを得たのであるとし、その保守主義に依つて永く旧来の文化を維持し、その文化の中に類型文化の周囲の民族を同化するというふのであつて見れば、要するに両者は相
補蔵の一事象であつて、互に区別せらるべきことではない。この漢族が保守に富んで、古き起源の文化を克く
今日に傳へ、東亜の民族中央部に入つてこれを支配したもの、もしくは支那に入らないまでも之に接触した東亜民
族がその文化に基いて同化せられたことは、今、幾例として設けるまでもなく明らかな事実である。從つて今日に於て東亜民
人もその一様にこれを唱へふることを、通説として認められ、民國の史家、評論家の何
如きも一就いて」と題した講演の末尾に、例へば王桐齢氏の昭和十一年六月東洋史談話會に於て「支那に於ける外民族は漢化
の漢化に就いて」と説いて居る、假令入り込んで居る如き通説は果して結びつけば、必ず或る程度として認められてしまった
のであります」と説いて居る如き通説は果して結びつけば、必ず或る程度まで漢化として認めねばならぬの
であらうか。東方諸民族の文化が漢文化したる事実は固より明白で疑ふ餘地はないけれども、然もかゝる事実は
漢族の保守と同化の力とが強大なるが故にあるといふ理由以外に理由を求め得ないのであらうか。今これに関して
管見を加へることが本論の趣旨とするところである。