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0759 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 759 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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かゝれば漢族なるものは、必ずしも普通に説かれるやうに、固くその文化を保持して他の文化を受容せず、而し
て目己の文化を以て外民族を同化することに絶倫の力を有する特徴を具へた民族と斷ずべきではあるまい。却つ
て取るべき文化に遭遇すれば寬容にこれを取入れ、また常に同化力を發揮したものでもないことを認めねばならぬ、乍らば
彼等は何故に前述の如く獨り東方の諸民族に對してはこの特性を強く發揮するに至つたのであらうか。
 従来定説として行はれたところには、少くもある程度の修正を加ふべきことを認めねばならぬ。而して前述の
講義の中に於て、齋書貢賄の何・侯・綏・要・荒の五服貢割し、要服・荒服の各一百里に乘〔即ち及〕と滔との區
ぬ。然らば一方が他方をこの目的の爲に果して如何なる方法作用を營んだのであらうか。之について占星博士は前述の
域を定め中に於て、漢族が蠻夷の地に中國の文化を及ぼさうとしたもの、即ち同化作用を行はうとしたものであると
說かれ、王嗣齡氏もまた秦が天下を併せ略奪の文化を揚めるうとしたと、桂林・南海・象郡を置き、遠處の民を雜處せしめて
この地方を反び及び、漢の武帝が河南即ち今の河套の地を取って、又漢の武帝が閩越を減した時に、山東の民を江淮の
之を貫したことと等を引いて、外に向つての同化作用の例とし、又漢の武帝が閩越を減した時に、その來を上谷・漁陽・右北平・
に移し、烏桓を引いて、外族を内徒せしめて同化させた例とした。
 間に移したことを引いて、獨り漢族の國家に於てだけではなく、何れの民族の建てた國家に於ても、その勢力の展
この放流と内徒とは、漢民族の同化力説に就いて

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