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0762 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 762 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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心せず、自から伝道諸國のやうに努めなかった蒙古族の副廷卽ち元代には、大都に移つて
漢土の全域を直接支配の下に置いた天子にも、またその宰相にも、漢文を讀むにして自らも出來なかったものが少か
らずあった程に、漢文化は彼等に對して所謂同化力を發揮せず、切つて漢族に認めて自からその高い文化の誇を持て
て蒙古化するものも少なかったことを考へ合すならば、この見解の誤らないことを認め得る高いものとし、これ
その大活動の間に、廣く東西諸橫の文化に接し、他の東方諸民族のやうに獨り支那文化をのみ大體に於
を模倣し、これに同化することを理想としなかったものが強盛であるならば、かゝる蒙古時代の如きに於てこその
て難倣し、特に漢族に同化力なるものと漢族の發揮したものではなくして、知つて同化せられた民族の
特積の作用を發揮すべき筈である。もし漢族に特に同化力なるものと漢族の發揮したものではなくして、
自から進んで營んだものに外ならぬと認めなければならぬ

さて漢文化の基を開いた所謂漢族は、悠遠の時代から多種多樣の異族と援闘し、その國内にこれ等多くの異族を
包合したことは更めていふまでもないことで、周が殷を討つて國を建てるに當つても、かの秦聲や牧聲などに於て
認められるやうに、その下に宏邦の家君、西土の有衆、乃至眉劉差徴盧彭濮等事何に多くの異民族が從屬し、そ
の力に依つて革命を成就したかを知り得られる。然も周代の文化そのものが、その以前から漢族の間に發達し來つ
た文化を繼承し發展せしめたものに外ならぬことは、何人も疑はないところである。漢宋魏初以來、西北地方の人
口稍少であったのに加へて邊塞が弛んだので、外族のこれに乘じて内地に侵入するものが甚だ多かった上に、晉の