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0763 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 763 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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武帝が戸口の増加を計って異族招致の方針を取ったのち、周知の如く昔の江統の徙戎論に述べたやうな、關中の人
は殆んど億萬、華夷の率を見れば戎狄其の半に居るといふ光景を出現し、遂には支那、特に江北地方の漢族と外族との混淆、江北
は混血の多くなったことは想像に難くない。これより後は支那、特に江北地方の漢族と外族との混淆、江北
しく、混血の多くなったことは想像に難くない。これより後は支那、特に江北地方の漢族と外族との混淆、江北
一卷第四期、第三卷第一期及び第二期参照)、隋唐両朝の正史廟室の列傳を繰って見ても、その中に異族の血を引いていると思はれる
有様である。試みに南北兩朝を統一した隋代の正史廟室の列傳を繰って見ても、その中に異族の血を引いていると思はれる
は鮮卑の人、或は宇文氏、その他異族の出であることを明記せられるものゝ外に、自ら也の
か、何許の人なるかを知らずなどと記されている人々で、その出自が時代の探に係る此の
書中に収められてある人々で、その出目を漢族に詐稱したものゝ多くは容易に此の
ろであるが、その外に如くの如く出目の明らかにないことを記されていないことを推知せられる次第である。
いであらう。従って当時異族にして政治文化の全土上に関與するものゝ多かったことも推知せられる次第である。
縡であらう。女眞・西夏等の優勢時代、ついで支那全土が外族の勢力下に置かれることになった元・清時代が現れ
が、凡そ契丹・女眞・西夏等の時代を問はず、文化震展の方向が当時の政治を掌握した外族は、前述の如くその文化の程度は漢文化に比
西を通じての常態である。さて此等の諸朝に於て政権を掌握した外族は、前述の如くその文化の程度は漢文化に比
して著しく低く、支那と接觸を始めると先づその文化に同化し、一歩でもこれに近くなることを以て自からの誇とし
たことは、前述の如く蒙古民族を除く外比々々な同じであったから、これ等の政権を支えられるごとに、その時代

漢民族の同化力説に就いて

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