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0774 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 774 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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ことは事はれない。羽田博士史學論文集・歴史篇
を保つ困めようとした宋の國初の大方針との間に免れることのできない矛盾に外ならぬのであって、これは武禍を除いて宋の國力に非難を加へるのであるが、何れが宋の國力

しかし兎も角もこれ等北族の侵入は、勢威の上にも財政の上にも、宋を圍んで漸次萎靡して振はざる境に陷らしめたとはいふまでもない事實であって、これが回復の爲に神宗の大改革が企圖せられ、王安石の活動を見るに至った。しかるが、その結果は不幸にして法國の學を演出し、政革の目標が奈邊に在つたかを問はず、逢に官國强兵の實を擧げ、國威を振張することになのであるが、王安石の改革の目的としたものであったことは明らかである。當時外敵の主なるものは契丹・西夏であったし、外侮を防ぐことを目的として、契丹に代って、主なる國政の方針が常に少くともこれを宋に對してとっての大問題であって、女眞が効興し、やがて女眞の方針が常に大勢力を以て宋に對し、かくまで大勢力を發揮した北族は、女眞について蒙古の出現するに及び、遂にその極盛期に入ること

ればならぬ。かくまで大勢力を發揮した北族は、女眞について蒙古の出現するに及び、遂にその極盛期に入ることとなった。

元 時 代

北族勢力の極盛期