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0785 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 785 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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象が外國との間における交通事情に依って影響を被ることの多かったのは勿論のことである。凡て東西の交通は支
那や塞外に大勢力が出現して、統一の範圍が擴まれば擴まるほど發達を示すのは当然のことであるが、宋代には漢民族の
勢力の外に振はなかったに反して、契丹の勢は天山地方までも伸び、晩唐以來のこの地方の分裂はここに統一を見
ることになった。そこで柔丹の影響は歐亞兩大陸にかけての大版圖を目指して西方諸國の陸路による東方への交通は頻繁とな
った。その後に起こ、これ蒙古は如く四方の交通は割期的の躍進を斎き、政治軍事の必要から交通路の保安と設備とに努
力したので、こゝに周知の如く欧亜の交通は盛々進展し、安那船の印度、ペルシャ・アラビヤ諸国はかってその範圍は
一方海路の交通においても、唐代に比して宋・元と時代を降るに従ってその範圍は
那に宋航する南洋諸島に赴いても、少なくなかったと共に、ペルシャ・アラビヤ諸国の航海術によって支