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0792 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 792 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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今の露領トルキスタンの北方、アクモリンスク州の南の方に、往昔康居といふトルコ民族に属する遊牧民の國か
あつて、古く西洋紀元前二世紀の頃から支那にその名知られて居た。漢代の歴史を記せる漢書に依ると、此の
國の主は榮越匿といふ地に居りて國を治め、夏はまた別の同種族なるキル居る。此れだけの記事では要領を得な
いが、前に述べた所を参照して各に居處を轉じて見ると、此のトルコ族は現代の同種族なるキルギス族と同様に、
冬の間治して居るといふ榮越匿なる名は、今のトルコ語のウルグ・オ
から夏冬の時期に各所に外ならぬもので、元来オットクといふのはデメチと稱する役に属する部曲の民を呼ぶ名で、従
つてカ即ち大部落の語に外ならぬ語である。が、此の名稱は蒙古族の間にも行はれて、蒙古語流なる書物に對
も屢々此の名稱は記されて、今今の蒙古語ではヤイラクであることを了り得る
してはキシ・ラクの語詞があり、夏居に對してはヤイラクといふ語がある。尤もこれは蒙古族の間にも行はれて、半豆蒙古族の遊牧生活の状態は二千年の昔も今も變
ることとなく、季節によつて居所を變へねばならぬ大勢であることが知れる

同じく此の時代に於て今の天山南路の中、天山に沿ふた伊犂河上流の地方に烏孫なるトルコの一部族が據つて居
た、一時は甘蕭省内に住んで今の天山南路の中、天山に沿ふた伊犂河上流の地方に移つたものである。此の部族では君長も
しくは黄人に對して『羅』の稱を付して居たことを漢書烏孫傳に依て天山地方に移つたものである。また唐の時代に於ても君長も今
凝斯部族の間では之を『羅』といふたものである。此の『羅』といひ『羅』といふのは、共に前に述べて置いた今