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0793 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 793 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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のキルギス語のビーの音に当るものであって、その権力の如きもまたほゞ同一であった、これもまた、二三年来、
その名稱に變化なきを知り得ると共に、その擬定の事情についても多分今と同様であったらうと思はれる、勿論一
ビーの勢力の加はるに従って、その支配に屬する團體は漸次大きくなり、さうしてビーの名が此の新團體の名と
なるに至ることは、必ずしも認められる、唐代に於る監察族の事情を間ではこれが極めて普通の現象として
て行はれたものである。唐代に於る監察族の君長書に即ち可汗とまで記されて居る所によると、此の部族
の一部の君長のものが阿熱といふものがあって、之が勢を得て遂に黠戛斯部全體の君長となったものである
が、これが南に阿熱の部はその君長ちビーに当るもの、之が名を取って戰曦といふ遊牧民の國があるが、此の國名はその
南北朝の時代に中央亜細亜から印度の北方に亙って勢力を振った戰曦といふ遊牧民の國があるが、此の國名はその
國王の一人の名をそのまゝ取ったものである。かくの如く國の名がその有力な支配者の名から起った例は左程
多くないにしても、一姓若しくは一部族の名がかゝる事情によって起った例は一々枚擧に遑なし次第である。
支部のいへば南朝遊牧民に就いて記せるものは、「屢々其の姓、葛邏祿は三姓といふ事情から成立して居るかを示して居る。假令ばトル
コ族でいへば南朝遊牧代の高車は十二姓、唐代の回鶻は九姓、これは要するに或は同一人より系統を引いて居るか、
また部とも稱せられて居るが、これは要するに或は同一人より系統を引いて居るか、
また部の名稱を有して居る。それで系統の上からいへば子孫後裔と稱したものと思はれる。かくて此の姓なるもの
それぞれの間には様多の家族を含み、従ってまた幾多のアウルを含むで居る。それで九世間頃といへば、斯る特別の
くて姓の間には様多の家族を含み、従ってまた幾多のアウルを含むで居る。それで九世間頃といへば、斯る特別の

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