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0797 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 797 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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徳川幕府が天下の諸侯の参覲交代制度を行ひ、交通の頻繁になったことによって、廣く江戸文化を日本全國に普及させ、それ以前の時代に於ける我が國の諸侯の文化相との間に大に異る有様を出現せしめた如きである。この關係が更に一歩を進めて國外に及ぶ時には即ちいはゆる外國文化の攝取徴従ってその影響を見ることになる。ところで日本國内に於てすら相違ることの遠きに従って互に異る文化を発達せしめる位であるから、遠い外國、更に民族まで異にして居る外國との間に於て、その相異の著しいものゝあることはいふまでもないことである。
さて我が國は四面環海の地理的事情によって、遠い昔に於ては大陸諸國との交通頻繁といふ大事件を考へられない、それが漸次達して我が國の政治的關係をも生ずるやうになり、この事件によって我が國威を彼の地に輝かしてとに、従って牛島文化の流れの高潮に及ぼす影響も急に高潮を示すことになった。凡そ文化の流れはすべてに於て副則的に密接な關係はすべて両者の關係伏によって生起することになった。
つく有様は恰も水の流れる同様である。当時牛島に流入して居つた支那文化は、總括的に考へて彼の地の文化の高さより低さに加へ、従って牛島文化の流れも我が國から高さき彼の地の文化よりも低い位置であったと考へて誤りがない。さてこの割期への高度の発達を示して居つたものである。従って我が國から高さき彼の地の文化よりも低い位置であったと考へて誤りがない。さてこの割期に急度であったことは、恰も近代に於ける我が西洋文化の攝取と同程度も同注意すべき事項であって、蠟神天皇子皇子の朝、日本書紀に依れば牛島文化輸入時代の初期に於て、記録の上に傳へられて居る最も注意すべき事項は、蠟神天皇子皇子の朝、日本書紀に依れば牛島文化輸入時代の初期に於て、記録の上に傳へられて居る最も注意すべき事項は、これが葛道稚郎子皇子の師となり、
その翌年には更に阿直岐が経典に通じて論語十卷千字文一卷を上り、皇子はこの人を師として典籍を習はせられ、通達せられざるところのないやうになられたと記されてあることゝある。天皇の

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