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0799 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 799 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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の點について、二三の例を擧げて說明を試みなければならぬ。
 先づ注意すべきことは、前述の如く、我が國に最初に傳はつた學問が、論語を始めとし五經の學卽ち儒教であつたことである。儒教はいふまでもなく支那の孔子の教で、その子弟が相ついでこれを組遠しその精神は仁道を行ふことに存し、教ふるところは修身齊家に始り、治國平天下に終るのである。誠に古人の道德として國政の方針として、申分の無い理想的の教である。けれどもこの教は治國平天下の爲には所謂革命を認めて居るのであつて、君主が道を失ひ、仁道に戻る政治をすれば根本の觀念に本づいて新に有德の考えが立つこと儒教の認める所である。これは卽ち支那の君主、いふものに對する根本の觀念に本づいて、天子は萬物を育成するものである。天子は天の子で、天に代つて民を撫育するに、只を宇宙を主宰するものは天で、天政を行ふものでなければ民を撫育するに、只を宇宙を主宰するものは天で、天政を行ふものでなければならぬ。德薄く不仁の君主は天命に背いたもので天子に外ならぬ、た君主は有德の人で仁政を行ふものでなければ、天の命を受けて政に当る者に天で、天は萬物を育成するものである。倘骨の泰舒に君主は、「古人有言、撫」我則、后、虐」我則、讎」とあるものも、また積んで不仁の君主が出るとこれを退け、新しい書物に「天子不能」
にても天命を受けたものも、また積んで不仁の君主が出るとこれを退け、新しい朝廷の起
奉」天命」訓鑒」とあるのも、かゝる革命を承認する教が、學問として道德の教として早くも大陸文化輸入の際に於て全國に普及頭に於て新しい朝廷の起
るのが所謂革命である。かくして前朝を倒して新しい朝廷の起
我が國に入り來り、古き時代より、特に著しくは德川幕府の時代に於て、國民道德の標準としてここを受け入れられ、か
のであるが、然りも我が國に於ては、これを忠孝仁義の道、修身齊家治國平天下の教としてここを受け入れられ、か

七六一