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0812 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 812 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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した現時において非常に適切な教、第六條は勤善懲惡、第七條は賢い人を役人に遷任せよとの論、第八條は役人への勤勉の論で、早く出勤して遅く退けといい、第九條は信賞必罰のこと、第十條は、「忍」信賞必罰のことで、善悪成敗は信に在りといい、第十一條は、百姓征徭を絶つこと、第十一條は、功過を明かに察して、信賞必罰のこと、第十二條は、國司國造に對し、百姓征徭を取立ててはならぬこと、第十三條は、役人が昔よくその職業を知るべきこと、第十四條は、群臣百を互に嫉妬をつつしむこと、第十五條は、事をなすには獨斷することなく、主として役人の政治論史のしかを示された所に依って論ずるのであります。第十六條は、民を使うには時を以てなすべきこと、誰にもすぐ気づかれるように、この憲法十七條が聖德太子の憲法の大體の要領でありまして、以上が聖德太子の憲法を通覧してみますと、その中には、ただ儒教思想だけではなく、佛教思想も経書を始め史・文に互る漢籍から引用されているところであって、それが儒し、これらの儒教思想と認められるものも、実は本来わが民族の間に有った思想な道徳なりのところでは、一概に漢籍の言葉を借りて書き表わされるものに過ぎないという見方もあるのでありますが、私の見るところでは、一概に左様に見るのは僻目で、やはり儒教思想が取り入れられており、憲法・道德等の外国の教を日本固有の思想道德と融合させて作られたと思います。これを要するに、憲法十七條は、聡明な聖德太子が、佛儒等の外国の教の思想道德であると考えるのであります。

次に、國史上の重大事件と認められる大化の改新について考えて見ましょう。大化の改新は一般に言えば、御承知の通り、唐の制度の模倣にすぎないのであります。当時、唐に留學して帰った人々とか、唐・朝鮮から来朝し

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