National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0817 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 817 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

の中には、印刷された陀羅尼経が入つております。この印刷は、日本獨特の技術であろうと考える人もありましたが、近頃、西域地方や敦煌などからいろいろとこの頃の文献が出土いたしましたものと考えねばならぬようになりますと、や
はりこの欄印刷術も日本で發明されたものではなく、唐のそれを摸倣したものと知り得たところによりますと、や
たりこの欄印刷術について見ますと、奈良朝では、佛教は申すまでもなく盛んになつて来ておりますが、そうして、各國に國分寺を置く、それに寺田を附けて、また東大寺の大佛の建立も日本獨特
の寺が立ち行くようにされました。これもやはり唐の制度によつたのにすぎませんが、この大寺の建立も日本獨特
先きほど申しましたように地方に國學を置いた學校制度に對應して、各國に國分寺を置く、それに寺田を附けて、
が、これは聖顧された聖武天皇の時にできましたが、孝謙天皇の時に開眼されました。
のものではなく、使地武天皇の時に行われたことの模倣に外ならぬのであります。さらに、経済生活の方面も見てみ
ますと、諸方に市場を作り、日時を定めて商賈開珍をすることに定められ、また金銅の貨幣も鋳造されましたが、金
銀の貨幣は殆ど行われず、銅で鋳造された和銅開珍が僅かに行われました。これら市場の制とか、貨幣の鋳造など
も勿論また唐のそれに倣つたものであります。藝術の方面について考えて見ますと、奈良朝時代になると、佛像に
いたしましても、飛鳥時代の生硬な感じの域を脱して、変鐵の表現が自然となり、同じく東大寺の或境院にある四天王の像とか、藥師寺の吉祥天と
た唐招提寺の樹下美人図とか、或は現在因果経などの如く、輪書にみえる飛鳥時代の輪書と比較して見ますと
か、正倉院の佛像とかを御覧になればよくおわかりになることでありますが、法隆寺に残る飛鳥時代の輪書と比較して見ます
例えば、東大寺の法華堂に残っている奈良朝の諸佛であるとか、同じく東大寺の或境院にある四天王の像とか、藥師寺の吉祥天と
た唐招提寺の樹下美人図とか、或は過去現在因果経などの如く、輪書にみえる飛鳥時代の輪書と比較して見ますと
と、その発展の有様をよく観取することが出来、工藝品についても正倉院に残つているような精巧無比なものが作

七七九