National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0106 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 106 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

管はないのでありますから、誠に止むを得ない点があるのは、誠に止むを得た點と存じます。
る宋の時代のことから、ウイグル民族が宗教を信じて居つたと云ふ記事は澤山あり、遺跡に照して見て史實に照般な點があるのは、
大の宋の時代になると、ウイグル民族が宗教を信じて居つたと云ふ記事は澤山であり、
ます、斯う云ふやうな譯で先づ唐の時代の佛典の事こはいりたいと思ひます。
それだけの事を御話して置いて、さうして唐の時代に佛教が此の民族の間に行はれて居つたと思ひます。
只今申上げましたやうに、唐の時代に佛教が此の民族の間に行はれて居つたものであると云ふ記事は、史乘の上に
殆ど見えて居りませぬから、從つて此の民族の間に有つて古い佛典に對して注意した學者は近頃迄はウイグル
いのであります。しかし全くないのではありませぬ、ラクーベリー氏の如きもまたこれに就て考えを持つて居つた人であります、
語に翻譯されたものであらうと云ひ、ラクーベリー氏の如きもまたこれに就て考えを持つて居つた人であります、
氏の考へ譯されましたが、多くの佛典は古くからウイグル語に譯されたものであらうと云ふて居ります、それ
に續いてウイグルは早くも五世紀の半ば頃、或はネストル教徒に依つて持つて來られた所のシリヤ字から作り出し、そ
れに續いてウイグルは早くも五世紀の半ば頃、或は孝經であるとか、或は毛詩なども譯されたものであると考へて居る
居ります、それだから支那の論語であるとか、或は孝經であるとか、或は毛詩なども譯されたものであると考へて居る
ウイグル字を以つて、支那の論語であるとか、或は孝經であるとか、或は毛詩なども譯されたものであると考へて居る