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0185 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 185 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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れば前の k(ä)ntir は乾闥婆にあらずして、 緊那羅 (kinnara) を寫したるものかと
も思はるれど Uiguruca, II. 20 にも kntr を以て乾闥婆を寫せる例あれば、恐らく
譯者偶然の誤譯か筆者の誤りに外ならざるべし。

60 yini は漢文と照せば「體」の意なるが如し、ラドロフ氏の方言集に Aderbed-
schan 語に äin を「體・自身」(der Körper, Selbstheit) といふは、思ふに此の語と
同一なるべし。

補  註

(1)經名中の yükmäk は本書六十七頁に於て yuqmak と讀み "感" の義なら
んと説けり、されど第三百九行に於て此の語が xuvray 即ち "群" なる語と相對
して、同義に用ゐられたるに心付けり、これに因りて考ふれば此の語は、yükmäk と
讀むべく、本書第六十七頁に記したるが如く "積む" "集むる" の意に外ならず、
されば säkiz yükmäk yaruγ は "八ッの集まれる陽明"、"八種一團の陽明" の義
と解すべきなり。

(2)第二十五行の qod- には(一)、「下に置く」「据える」、(二)、「除く」「捨て
る」等の義あり、而して(二)の意よりして「死ぬる」の意にも用ひたるが如く、第
二十七行、第九十六行、第二百七十二行等に於ては明らかに此の意に用ひたり。

(3)第八十二行の bäg yutuz は第二百五十三行にも見ゆる語なり、bäg は「夫」
の意なるべく、今 Kirghiz 語にて「夫」を baj といふと同語なり。yutuz はミュ
ーラー氏之を Hausgesinde と譯せり (Uigurica, II. 76)、今此の語の根本義を知ら
ざれど果して Hausgesinde の意なりとすれば、此處にては「夫」に對して家内の役
に任ずる「妻」の意に用ゐたるものなるべく、かの ävčï と同意義なるべきか、とに
かく漢文の「夫妻」の語に對せしめたるものなること疑なし。

(4)第百八行の aq- なる語はラドロフ氏の方言集によれば「流出する」(fliessen,
strömen) の意なれば、aqmaz 即ち「流出する無き」は漢文の「無漏」に對せしめた
るものに外ならず。

(5)第百八行の tüz kärinčsiz なる語は(第九十一行にも見ゆ)、ラドロフ氏によれ
ば、tüz は「同じ」(eben, gleicemässig)、kärinč は「擴ぐる」(sich recken, dehnen,
sich ausstrecken)、kärinčsiz は「擴ぐる無し」(ohne sich zu erweitern) の意に
して、兩語を合せて mit nichts vergleichbar と譯せり (Kuan-ši-im Pusar, S. 67)、
今之に從がふ。

(6)第百六十三行の bosγurur ulayur は字義通りに譯したれど、其の意義を了る
能はず。

(7)第百八十四行の kärgäksiz はラドロフ氏に從がへば「限りなき」の意なり
(Nachträge zum Chuastuanift, S. 884.)、されど此處にては此の解釋にては文意不明

三三三