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0209 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 209 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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birgärü を nach einer Stelle zu と譯し(Uigurica, 56.)たり、されどまた Pelliot
氏が之を en un seul と譯したるが如く(通報 Mai 1914, p. 266.)「一ツに」とも
譯し得べきなり、此處にては「汝等一つとなりて」の意と解くべきが如し。
 (4)učluq は uč 卽ち先端、頂きなる語を形容詞となしたるものなるべく、「極限
の」、「極端なる」の意なるべし。
 (5)körkäli ärklig は「見るべき力を持てる」の意なれば、觀世音の「觀」の意を
譯して、其の漢名の上に冠せしめたるに過ぎざるべし。
 (6)xut は八陽神呪經の語彙に掲げたる如くにただ尊稱 Majestät の意と見る可き
ならん。Bartold の Historische Bedeutung der Alttürkischen Inschriften, S. 20 に
も、Majestät と同様に用ゐられたるなるべく、glück の意にあらずとし、Müller も
Uigurica I, S. 56 に此の說を認めたり。
 (7)qasïnčïq は試みに補ひたれども其の當否を知らず、只だ ïq なる語尾の文字
が見え、面して Radloff 氏の本には此の語が存するを以て、かりに此れを補ひたるの
み、然も果して此の語なりとするも、Radloff 氏の記せるが如く(Kuan-si-im Pusar,
38)全く其の語義を解する能はず、氏は氏の本に ulur 卽ち「大」の語と synonym
に用ゐたれば、これも同義なるべしと推したるに過ぎず、余もまた其の原義を知るを
得ず、かりに漢文に見ゆる「繽繽」なる文字を對せしめたり。(本書 117 頁注同參照)
 (8)amranmaq は屢々「愛する」の意に用ひらるゝ語なり、こゝには其の義より
「至」なる語を寫したるものなり。

(東洋學報第五卷第三號、大正四年九月)

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