National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0216 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 216 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

地羅末揭と は、同語の異譯たるに過ぎぬことはいふまでもない。併しまた別に玄奘の西域記巻九、巻十一等に見え
る堅慧といふ名に對して、ジュリアン (S. Julien) がまづ「堅意」といふ名も、之と同一であると見る説が頗分廣く行はれて居るやうである。
また大乗論の著者として知らるる堅慧に對して、ジュリアン (S. Julien) 堅意といふ名も、之と同一であると見る説が頗分廣く行はれて居るやうである。
が、此等の説については、嘗てペリー (N. Peri) 氏は、堅慧・Shiramati では無くして、實は Shiramati
に應ずべき名のこの倶舎論實義疏の著者である。Shiramati が、唐に安慧と譯されて居
つた人であることについては一點の疑も無い。さて此の倶舎論實義疏と云ふものに就いては、唐代以後三三の
文獻に於て、其の片鱗を窺ふ事が出来る。即ち普光の倶舎論記中教云、衆賢論師不得親阿毘達磨意云々と記して、倶舎論の幽心等論の所説を駁
ふ頌について述べた中に、安慧の慈悲菩薩倶舎論記に続いて、即栴檀及慈悲論や顧正理論師、護法
した事を引いて居り、また慈悲の唯識論倶舎記には、前に引いた傳和順密及慈悲論正理論や顧宗論に
論師同時光瑞云々と見えて居る。我が倶舎論釋土人名は、其の倶舎論要解に、此等の記事によって安慧
并不行世;惜哉と記している。即ち阿毘達磨倶舎論實義疏といふものの正は、正に之に相當するものであるが、此等に別ならぬ。安慧が其の釋中に於て、更に衆賢論師の説を辯
て、世親の倶舎を愛したものであるが、慈に引いた諸書には、かく安慧と記されて居る。
駁した記事が記されて居る。本書申請所に「衆賢云」として、その下に「栴賢云」と見え、その下には「栴賢云」として、その下に Sanghabadra 云ふとして
その考を述べ、これに對して「疏主云」として、前者に對する駁論を述べて居る。之によって見ると、此の疏を作った人即
の如し」即ち Shiramati 云ふとして、前者に對する駁論を述べて居る。之によって見ると、此の疏を作った人即