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0240 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 240 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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⑤ Serindia, II, p. 828 & 923.
⑥ ibid., p. 818 参照
⑦ 同個語で「は a を語頭に加へて」isitimnant と書いて居るが、もとより Shitimnant を寫したものに外な
らぬ。
⑧ 「唐」に對しては tavγas といふ語を用ゐての。此の語については旣に擧・内外の學者が論じた所であるから、こゝ
は繰り返さない。たゞ言ひ足足りる。
あることを強いて置けば足りる。
⑨ A propos de la date de Vauḍanāhu, B. E. F. O., 1911, 京都帝國大學文科大學圖書第三、Mahāyupaiti, no. 382
には、shitimnalt に對して(漢)意義と見えてゐるが、實
⑩ ペリオ氏の作ったビブリオテーク・ナシ=ナルの同氏集遺文書目録には dh. ler du 宗宗感感感と見えてゐるが、實
は五發送がその中にあったビブリオテーク・ナシ=ナルの「實論」の兩学問の傍に點を附けてあるから、供食論實裁疏を讀む人
きであろうと疑無。
⑪ B. E. F. O., VIII, p. 506.
⑫ de lāküik と読み kālu と読み、及び Stein, Serindia II, 827
⑬ 前にこれを mak といふ地名について、今これを何れの地とも定めかねる
気づいた。普通回鶻文では何處の史と、いふ時に、地名の次に「の」前 「君」という語を置き、その次に人名を置く
のが常、この場合では「ユチュク城の人、余、タルト」(de lāküik tary、(tutung、即ち「新しく學びたる人サリク部隷」を
あるが、かゝる書きもしたと見える。また前には「yangi、basyuts tary」余、タルト(tutung、即ち「新しく學びたる人サリク部隷」を
次の Arsadi といふ名もかゝるものと見たが、今は之を改めてルルトにかゝるものと見る