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0270 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 270 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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二〇八

家良(前出)の如きは交永元年の卒末にして、其間相遇ること僅か四年のみ、されば上人の入宋のことを後逃)
閑居の友壮年の時とすれば、此叉時にも未だ必ずしも疑ふ可きに非ざるが如し。
顧ふるの友(前述の如く鳥章の記する所なるも、思うに
閑居の友壮年(讚詩書類従中にも見出づ)は、前述の所によれば、「承久四とせの養やよひの中の頃、西山のみねの方々の
正鵠を得たるものに非ず、此書の終りする所によれば、「承久四
草の庵にてよ記しぬる」といひ、また上巻九校の裏に「此あやしの山の中に身をかくして、八とせの秋を過ぐ来
りぬ」といへば、此書の著者が少くも承久四年(即ち真慶元年)より八年前、即ち建保二年より後は「西山に閑
居したる人なるは明かなり、然るに此交書によれば、慶政日から記して「閑時大宋嘉定十年壬壬」
といへり、嘉定十年は我が朝の建保五年に相当するすれば、慶政の建保三年より西山に閑居したりとは見る可らず、従
って閑居の友の著者を我が如くとすることも、もと許すべきに非ざるなり、此書製冲りとは見る可らず、従
せしことと鳥章のいへるが如くにして、その著者につきては種々論議ありしものなるが如し。慈鎮の作と稱
廣政の伝仔細に知る可らざること前述の如し、積古今集発見九種別歌の部に、
ふ可らざる事実にして、積古今集発見九種別歌の部に、
廣政上人もろこしへわたりける時つかはしける