National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0275 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 275 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

而して廳政が此等の人を以て、印度(少くとも印度、靜の佛教國地方)の人と見たるは彼らが寄らざる事實にして、もとより支部以外の四囲の地には印度を中心とせる佛教國の存せるを知りしに過ぎざるが如く、これその育樣文字といひつゝ、倘ほ且つその記述によれば辯和即ち明顯人が印度の風を羨ひふが故に之を近りしことを知り得るを以てなり。

(明治四十二年十月三十一日謄寫)

篇中慶政士人のことに關しては京都文科大學新科教授の教示によりて知り得たるもの多し、茲に記して謹んで感謝の意を表す。「四月十三年三月二日記す」

四月上旬、恩師ムハメッド・バラカッーラ氏の來遊に際す、氏は印度の人、イラン語の造詣深く、目下東京外國學校に於てこの講義を擔當せらる、則ちこの資質を示し教を請ひしに、第一の詩は波斯にして通俗のものとして「シャー」氏の英譯 The Shāh Nāmeh につき此の詩代よりサラセンの侵入に至る近の語英施を謂へるものなり、の中にあり、よりて「シャー」氏の英譯 The Shāh Nāmeh につき此の詩代よりサラセンの侵入に至る近の語英施を謂へるものなり、それと彼の Albi-俗なるものなりといへば、此を書きしより之を楽みしく、また、所謂蠻人が波斯人なるものを見出すことも展がふべきに至る通なり。

(四月廿五日また記す)

編者注:
羽田博士は、昭和二十八年の早春、京都國立博物館に「慶政士人と南蠻文字」と題するほとんど最後の講演を行はれた。
編者が同館吉田博士の研究、三博士から寄贈したこの講演記に依れば、「慶政士人と南蠻士人の傳記に關する部分書第三所收」を、いわゆ

士宗橘遊言博士の研究、特に橘本博士の慶政士人傳考(大日本佛教全書、第一百十五册、遊方傳叢書第三所收)を、いわゆ

日本に橘はれる波斯文に就て

一二三