National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0288 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 288 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

を具するものにして、既に大聖の境に達したる人なるべし、今此語の原形を知らず。
○字傍に點を付したるは、本文中に引用せるもの、若くは従来摩尼教に關して知られたる事柄と對比すべき要項
と思惟せるものなり。
以上は殘經中の一節の抄出にすぎざれども、之によりて新たに此宗教に就いて知り得べき所決して少なきに非ず
し。

三 經中に見ゆる特種の語に就いて

余輩は茲に此經中に見え、且つ従来摩尼教に關する學者の論議中に屡を討究せられし特種の語を摘出して三個を
得たり、則ち一「宗義」二「慕闡」三「掠多誕」是なり。今少しく此等の語に就いて論述する所あるべし。
前掲經中仍に「信二宗義、心淨無厭、乘賠従明、如聖所說」と云ひた語に安那に行はれし無上清淨光明寶
樹中の意樹なるは、佛虱統記して「共其三十、蒸是了二最も古しとすべし、抑も「二宗義」は「波斯國人那郡西海に關し
て用ゐられたるは、佛虱統記の記事第五十四、を以て良渚元の事なりとす、而して良渚元に註して、「来朝」と記し、以て武后延延元年の事なりとす。されど此註記によりては、何が故に掠多誕の賞らしし宗教といふや
不服藥 死則裸葬等云々」と云へり。されば頗學シャヴンヌ氏の如きも、此文字を譯して deux