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0290 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 290 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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し、また佛祖統記に二宗教を持ち來れる人として記せる摩謎の名も、前記㈠及び㈡に於ける如く一明記せらるゝを
呼ぶに至りしか明暗の二者を標榜して立てる三元論的考えを綱するに、何が故に其一方をのみ二元論的宗教名により
て、而して同様に明暗の二者に此三教各目の教義に就いて考ふべき文を綴るに、明教が終始明暗両者の分離を克服し
以ては同一なるに就き、然もゾロアスター教にては、明教が終始明暗両者の分離を克服して、終に光明の一極に帰せしむ
に於ては同一なるに就き、然もゾロアスター教にては、明教が終始明暗両者の分離を克服して、終に光明の一極に帰せしむ
るを要義とするに反し、マニ教にては全然両者の鑑一を認めず、両者截然隔離の旨趣を説きり、即ち前者は二元的とするべ
き其間大に一元の性質を有するものと云ふべく、是れ特にマニ教に對して二宗教の名を用ゐたる所以に外ならざるべ
し。
 次に考ふるに彼は當閩なる文字なり、佛のシャヴァンヌ氏は、貧て前記「ネストル教とカラバルガースの碑文」
なる長公遺物として有名なる語を以て、漢北オルコン河畔のカラバルガースの碑文中に見ゆる「慕閩」なる名の回紀
民族の遺物として有名なる語を以て、漢北オルコン河畔のカラバルガースの碑文中に見ゆる「慕閩」なる名の回紀
説明を試みたり、而して摩尼教となるものに非ずとし、反りて之れを以てイスラミズムを稱せるものなり
極めて漠然たる比定にして、何等根拠の存するものに非ずとし、反りて之れを以てイスラミズムを稱せるものなり
と云ひ、従がって摩尼と名づけなりしを説き、碑文に回紀に入り
し新宗教徒として、「慕縁故淡からざるを回紀人は、唐代よりマホメット教信徒なりしを説き、碑文に回紀に入り
思ひ至らざりし所にして、此説にして若し成立するものとせば、マニ教なるもの東方に傳播せし事実は、根本的

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