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0295 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 295 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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とより當閩なるものが其の宗教の僧侣なるを知るべく、而して經に諸墓閩と云ふよりして考がふれば、今朙らかに知る
の意ある推すに難からざるべし、然も果して之れが如何なる語を寫せるものなるに就いては、即ち新置發見の史料によれば、其の長老を一般に其の僧侣を呼びて、而して
所なり、マニ教僧侣の階級に使いて、東方の史料によれば、第一に dihtar; M(a) Majores と云
名のとし、(Baur: Das Manichäische Religionssystem s. 367; Flügel: s. 370) されと何れも未だ充分なる縁故を察むるに足らざるべし。而して
へりとし、法主墓閩拂多誕と經に記せるものに就いても、亦一考鑑譯せられたるの非ずして、必らずマニ教經典を賞したものなるべき、人の答
かの墓閩拂多誕、篇は支墓邪に於て撰述と經に記せられたるの非ずして、必らずマニ教經典を賞したものなるべき、人の答
抑も此の殘經、篇は支墓邪に於て撰述と經に記せられたるの非ずして、必らずマニ教經典を賞したものなるべき、人の答
まざる所なるべし、一篇は此鑑評の經中に於て、彼の武后の延載元年に、唐にマニ教經典を賞したし人の名として擧げ
れたる墓閩なる文字を、二箇所に及び迄も認むることを得ることにより、二は此經は次の三條件を規定し得べし、即
お一は此經は拂多誕なる文字を、二箇所に及び迄も認むることを得ることにより、二は此經は次の三條件を規定し得べし、即
代、即ち其の本國延載元年(西紀六九四)より少しく以前に當る或年より以後に著はされたるものなること、三は拂多誕は
低に其の本國延載斯にて、マニ教の法主なりしこと是れより成立し得べきことと、而して拂多誕が人名に非ずして或はマニ教僧侣の一階
見たるが如く人名と解釋するによりて生ずべき結果なもとより成立し得べきことと、而して拂多誕が人名に非ずして或はマニ教僧侣の一階
級の名稱の如きに比定し得べくんば、如上の見解はもとより成立し得べきことと、而して拂多誕が人名に非ずして或はマニ教僧侣の一階
も試み得られざるに非ずべし、由來妄邪に於て人名の如く記さるゝ外國人の名の如きは、屢々其官職の名にすぎ

波斯教殘經に就て

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