National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0311 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 311 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

れば、同じ敦煌出土の五代及び宋代の文書に見えるものとは大に風格を異にし、また同所より出た多くの佛典に用
ひらる、文字とも、自から趣を異にするが、然も同じ最典なる一神論の文字とはすての點に於て酷似するものが
あり、共に必ず中唐時代以前の書寫なるに相違無いと思はれる。此の點について注意すべきことは、殘
經十行、則、後に述べる如く、其の一節の意味を解すると「惡」すなはち「叵」と讀むことが出來ない字の存することで
の用ひられてるないことから考ても、多分これは、この經書寫の時代に於て一道の光明を附與するものであるが、かく見る
れば、即ち此の天文字であるとするならば、この眞觀十五頃に於て動きは無い。唐に於は別に論ずるが如く、一神論以て景教が唐
にしても、矢張り眞觀九年を距ること僅に六年なる眞觀十五年頃に、唐に於て撰流論せられたものへの序題送詩所經
之と性質上同様に景教の教理に屬するもので、其の文體に於ても酷似した此の序題送漢文に
も、矢張り略ぼ此の時代に撰論に從事する場合に後遠からぬ時代に書寫されたものと無からうかと思ふ。また漢語譯詩文に
通達しない外國人が譯述や論述の事業に從事する場合に於ては同様であったと思ふ。此の經典について記むるやう奇怪な連作の行文はれる
ことは有りかちの事で、佛典の場合に於ても同様であったと思ふ。此の眞元中般若三藏が景淨と共に胡本大乘理趣
と記されてる如きは、同樣の場合の更に複雜なる形を取ったものに外ならぬ。復未解暦員、景淨不識梵交、復未明景教徒來以後長い年月を經過
六波羅蜜經を譯出した時⑩、同樣の場合の更に複雜なる形を取ったものに外ならぬ。若し最教徒來以後長い年月を經過
し、その教義が可なり世間に知られたり聲信せられた後に於ける景士の事業であるとするならば、少くとも如る
  景教經典及題送詩所經に就いて