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0345 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 345 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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この経典を、その形式や内容の上から考へて、果して或典から忠實に譯出したものと誰の眼にも見られるか否かを次
究して経典る。これは、必ずしも企及すべからざる難事ではない。何人も首
まず経典の形式について考へると、或は道教の形式を模倣したものに過ぎないこととは、
背する形式の模倣であらう。これが、一見して佛典のそれに倣つたものと見て善変ない
の形式の模倣でそれ以外ならないから、要するに此の経典の形式は佛典のそれに倣つたものではないかとも考へられようが、然もそれは単なる外観に關することで
の点から見てこれが原典の忠實なる譯述であるか否かを観定めるに足る重要点ではない。これが偽には進んでその内容につ
あつて、根本的にこれが原典の忠實なる譯述であるか否かを観定めるに足る重要点ではない。
て考へ、見なければならぬ。

さべて本経の内容を検討するのは、これがメシャとシモン・ペテロとの間に行はれた安樂道に遂するについての
問答であるといふ形に係検討せず、まづ餘りに老子道德経に説く所と相矛いのに一驚を喫せざるを得ないであらう。そ
の所説の要論は、前に述べた所からも知り得る如く、諸種の豊論を用ゐのその説明を助け、動・欲を除くものに外ならぬ。此等の
無德・無證の四法を得るのにありとするのであつて、重要義であつて、今これを取り立て、説明するの要は無いが、逆にこれ
諸法が道德論の四法に於ても然く根本義として説かるべき性質のものであつたから今日に
此等の四法に於て然く根本義として説かるべき性質のものであつたから今日に
が基督教に於ても無いものでもなく根本義として説かるべき性質のものであつたから今日に
を救の四法に該當せしむる道であると説いた所はないやうである。

比等の四法に該當せしむる道であると説いた所はないやうである。今自分の知る所では、特に聖書等の四法を以て人の迷惑
を救ひ、安樂を得せしむる道であると説いた所はないやうである。對觀福音書を始め彼前後書の類などに、メシ

景教経典志玄安樂經に就いて

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