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0351 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 351 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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本にしてこの經の性質に言及したが、此の關係はこれを遡にして、かゝる景經典の存在したといふことから、新た
に景教碑文の解釋に及ふべき所も少なかぬと考へる。

 何注意すべきことの一つは、151・151に亙る間に、弟子諸聽衆が天下に飲して此の經を行はゞ、能く君王の爲
に境界を安護せんといひ、また君王の尊貴を説いて高山上の大火に喩へ、君王の
尊貴と經の利益とを結びつけて居ることであり、次にまた 31・31の六論の記述及び 31・151・13・15・17行
あたりの設き方の、如何にも佛教的=先祖の崇の此の代に報い来るべきことは基督教聖典中、例へば馬太傳三ノ
三六にも記されてある所ではあるが、——であることである。帝王の尊貴を説くことは、彼得前書三ノ一七にも見え、こゝにも
唐に於ける景教の解説に於てこれを唱へたことは、依に序跋迷詩所經の解説に述べたところであつて、⑩

 送師詞の言として、かく記して居ることを注意されれば足りる。たゞ聖書に「九太傳⑩その他」イエスが使徒に告げて、
「爾曹の言として萬國の民にバプテスマを施し、行善比經;能爲君王、安護境界」といふて居るのと興味を覚える。また唐に
つて、「汝等學友及諸聽衆散於天下、行善比經;能爲君王、安護境界」といふて居るのと興味を覚える。また唐に
於て景教が佛教に關連して教義を説いた跡のあることも、同じく序跋迷詩所經の解説に於て述べた通りであるが、
こゝにも其の片鱗を顕はしたものと見るべきである。

五 結 語

景教経典玄安樂經に就いて

二八九