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0361 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 361 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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此神力不可思議」と述べてあるのはその主要なるもので、道徳経には所以、此道」著何、
不曰「求」之得、有罪以免耶」で本文を切り、道徳経の「不」曰「有罪以免」耶」に對して、かやうに述
たやうに「求」之期得」と述べて本章を了つてゐるのである。この殘卷には、前に記し
べてゐのである。この殘卷に見える「二」はそれとは異つて、基督教で重要教義とする主の贖罪のことを遊べて、漢文典典の
るが、この殘論には、基督教で重要教義とする「二」はそれとは異つて、其督教の贖罪のことを遊べて、「神」の義に外ならぬと思はれる。
一つである。この殘論には、基督教で重要教義とする「二」はそれとは異つて、其督教の贖罪のことを遊べて、「若其乞顧時仍漫、乞顧時、先放吾人
勃」然後、「一即放得、汝知其乞顧時仍漫、一遍「客慈懺」
と説いてある。こゝにいふ「一」は勿論「一神」を指摘「若然後、汝亦遐「作罪邊」汝亦遐「放」
義で、道徳経の「一」といふ語を取りいれて、「一神の義に用いたのに外ならぬから、この宣元至本願の「二」もこれと同
死罪を犯したもので、神は犯罪以前の源に還し、犯したのは罪を免れることが出来る。従つてこの22、23行は「一般へ原始以来
なものがある故に、天下人間の貴ぶ所となるのである。の意で、その贖罪の義を、巧に道徳経に説ひ廻しの中に「有」罪以免」と
いう説に合致せしめていたのである。
この外にも15の「一神感无等、不「乗」愚鄙、恒布「二大慈、永免「大(火?)大聖法王」の一節を挿入して神威を説いたり、18―
20にかけて「夫信」道司」比騙「一切魔鬼」長生富貴、永免「大(火?)」江漂逃」と説いて、道教的言辞2、3にも見え
も、魔鬼を驅除するとか大(火?)江に漂逃すとかいふ其異共借用の語を用いたり(魔鬼といふ信仰的の意を帯びしめて
る)、道徳教の「不満人」を、8、11、14の三箇所に於て、「不信誓之徒」と書きかへて、信仰的の意を帯びしめて

二九九

大秦景教大聖通眞歸法書及び大秦景教宣元至本願殘卷について