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0367 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 367 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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いことは、よく知られてゐることである。従つてこれらの識語に據る限り、従来所關の女獻の示すところは、不備
と謂ふの多いもの断ぜればならぬ。果して各々はこの識語の示すところに従つて、従来の文獻を葬り去るべきで
あらうか。
 大秦寺の詔勅の目的は特に波斯寺を大秦寺と改名することになつた時代を到然と示してゐるのは、ここに引いた天寶四載の詔勅であり、
その詔勅の目的は特に波斯寺を大秦寺と改名することについての理由を顯示するにあるのであつて、それに誤解や誤記
があるとは思はれない。さうしてこの詔勅は唐會要の外、全唐文にも識載の上に附けらるべき、この殘卷、今のとこ
ろ疑念を抱くばかりではないかと疑はれる。然るに余は今この殘卷の原本を見ることを得ず、
も卷末の識語は、古文書學的の判斷を加へることを避けて来た理由である。さうしてそれこそは、余が今日ま
手許にある小澤の寫貸だけでは、古文書學的の判斷を加へることが困難であり、さうしてそれこそは、余が今日ま
で前述のやうに、この殘卷についての解説を公表することを避けて来た理由である。然しながら、斯道の權威と一般に認められてゐた李盛鐸
して、一應これに従つて解説をして見たのは、この殘卷の販所識者で、斯道の權威と一般に認められてゐた李盛鐸
氏が、この宣元至本經の發首に自記捺印して

 景教宣元至本經並行願元年覽
 至足珍品乃続證并行願元年覽

此稿宣元至本經並行願元年覽

 といふてゐるのに敬意を表したいのと、また寫貸について考ふる限り、字體や體裁に於て、格別繁を察るべき點が

大秦景教大觀通覽法畫及び大秦景教宣元至本經殘卷について