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0385 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 385 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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我國に明かに銘を打ったイソップの譬喩談の傳へられたのは、かなり昔の問題で、『賢きョシバスの善き木』の譯述されたのは何時であらうか。此の問題は最後に最も重要なトルコ話の
して驚かれる。併しながら之について著者は本書に於て一言も設き込んで居らぬから、勿論其の意なある所は
知り難い。たゞ匹に遡べる之について著者は本書に於て一言も設き込んで居らぬから、勿論其の意なある所は
よりて明かである。高昌のウィグル人よりも以前に、此の附近の地方に行はれたるトルコ族の摩尼教を奉じたものへ、また同じ地方
があたらうとは推察するが、しかし發見の場所から考へ、ウィグル人と摩尼教との關係から考へ、また同じ地方
から出た交書の斷片に、前に記した如く「音等がウィグルの方へ来りし時」といふ文字の裂はれて居ることなどか
ら考へて見て、恐らく見るのは常を得たものであらう。ウィグル人の漠北を去つて高昌に移つたのは、西紀八
六八年以來の事であるから、著者の斷片の宮値でも出せれば、無論此の以後のものと見る譯で、自分にはとて云
爲すべき考は無い。せめて斷片の宮値でも出せれば、無論此の以後のものと見る譯で、自分にはとて云
ぬ。僅少なる用語の名稱を避ける≡の佛典に見ゆるものと同一語法が現はれ、單語についても特異のものは特にトルコ語と稱
してヴィグル語の名稱を避ける≡の佛典に見ゆるものと同一語法が現はれ、單語についても特異のものは特にトルコ語と稱
するに唐代時代のものといふより外教し方があるまい。かゝる言葉も許容されねばならぬ次

もあらうが、口語の變化は忠も角もとして、文語に於る變遷の上から見れば、かゝる言葉も許容されねばならぬ次
第である。

ル・コック氏著摩尼教讃文

三三三