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0415 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 415 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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東トルキスタン地方から古い文書が出て人に知られる様になったのは、此語圏
の探檢や土人の發掘などとで漸々世に出る様になったが、しかし其文字といひ言葉といひに今日では、此地方から出
いものが多いので其研究は中々容易にはならなかった。第一をイランの言葉として英吉利の Hoernle の如き、此地方から出
る文書經典等として見ゆる言葉を三種に分け、第一をイランの言葉として英吉利の Hoernle の如き、此地方から出
のであった、しかし此區定はまゝゝゝゝ曖昧な者に過ぎなかったので、Stein の Ancient Khotan に關係あるもの、第二を原始チベット、第三を蒙古
土耳其系の者として區別をした、さらに見ゆる Müller 氏などが全くツルファンから
持って歸た處、そうして Müller 氏が明らかに Maitreyavyākaraṇa (Sieg, Siegling 兩氏の報告には Maitreyasamiti
と讀んで居る、そうして即ち古い土耳其の言葉でかいたと記されたものを見
經の跡に印度の言葉からトカラの言葉に譯し、またトカラからトルコの語に譯したものであると記されたものであると記された)なる
出した、トカラの民族は Indoskythien に属するものである、そうして従来 Hoernle 氏などが原始チベットとし
て居た言葉は研究して見ると全く Indogermannen 系の言葉であるという所から、前に述べた佛典 Maitrisimt
の跡に於て認むるトカラ語なるものは即ちに相當するものとして此名を付する様になったのである、これか
ら Leuman、氏なども此説に出し、トカラ語というふ名を廃し、次で Sieg、及び愈々 Siegling 氏は此經を研究して
ら千九百八年の同學會の報告に出し、此響がみて unarisch なる名を用ゐ、次で Sieg、及び愈々 Siegling 氏はどの民族
に歐羅巴の方のものに酷似して居るというふことを論斷する様になった、さて佛教と大關係のある此氏はどの民族
属するかというふことは匹度を展べ論ぜられたことで、印度で書かれた唯一の印度史と云はれる Kalhaṇa のカシ

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