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0417 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 417 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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によつて威を振つてトカラなる名は只だ其地方の名を標めとして存したにすぎない様に思ふ、此頃俗にこにインドゥル
マーネン族が居て、然もその子つと以前から其地方の名は此地方に、漸やとル
マーネン族が居て、然もその子つと以前から其地方の名は此地方に、漸やとル
頃譯經が行はれたとはうけとりにくい、則もトカラの盛を月氏の經といふものを月氏の經として一向差支ない思ふ、かく此
マーネン族が居て、然もその子つと以前から其地方の名は此地方に、漸やとル
頃譯經が行はれたとはうけとりにくい、則もトカラの盛を月氏の経といふものを月氏の経として一向差支ない思ふ、かく此
めた以上更に月氏には月氏に傳はると考へて居る様でその名が記されて居るといふ事實と、(三代
ニューラー氏などは経が月氏に傳はるとすく翻譯されたと考へて居る様でその名が記されて居るといふ事實と、中
目もしくは三代目の、Vasu Deva shinning Ibrahim に一種のブラーミー字体を用
亞設國のトカラの経となる者が所謂 王の貨幣は、でかれてあること、を思ひ合記説ではとと、此王の時代に此字を用
て経國して居たと見る者が此證となりはせぬかと思ふ、ともかく此 英の記する Stein や獨逸の遠征記の得た結果によると、此
ルマーネンなる月氏に譯経があつたことをのべた以のであるが、
外にもソグド(Sogd)及び古いトルコの言葉と定められる佛典の断片が見出されて居る、(Beiträge zur Kennturen Bestimmune
どなる名を以て支那にいふ展層、康國をさすものとして居るのである、
る、此の unbekannten Stämmen Mittelasiens)々是に芝をのべるのはしいばかりであるから、すべて省略す
た、そうして、ネストリウス派の基督教が傳へられるとこれもまた聖典が譯せられ
て居るし、此の事實はたゞに佛氏、康居、西域の語諸などについて認め得るばかりでなく、摩尼教がはいれば直に其経典が譯せられ
そこで更にすゝんで漢譯の経のことについて考へればならぬ、以上述べた次第であるから西方諸國の人が支那

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