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0425 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 425 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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世を認められた。 ともに最前の考と思はれる。 果して然らばこに記された奕旦の年を何時に求むべきであろ
か。第九世紀中に於る奕旦の在世した年は八三三年と八九三年との二つであるが、法成の譯造を見た智慧山が大中十年
(八五六年)前後に在世したことから考へて見ると、前者即八三三年と法成の譯造を見た智慧山が大中十年
の在世に見ることは、目録の 389 に瑜伽師地解釈分門記一卷、389 に瑜伽論第三三卷、389 に瑜伽論第三
倒附記すべきことは、此等の卷には同第四十四卷(前掲稿⑴)の如き「法成譯」の文字は見えないが、然も掲第四十四
卷と同一なる筆體で寫されて居る。此等の卷のみを法成の譯本から取つたものと見るのは怪しむべき
十四卷が見える。特に第四十四卷のみを法成の譯本と見た方が穩だと思ふ。ペリオ氏も無論同様に考へて居るので、此の圖書館の寫本関
で、此等も掲同一人の譯本を見た方が穩だと思ふ。ペリオ氏も無論同様に考へて居るので、此の圖書館の寫本関
覽室で、氏と、緒に法成の譯本を撰出し、出版の打合せをした時には、すべて此等の卷子を法成の譯に成つたもの
として認めたことである。石吹演君は本稿第四項に、橋君発掌来の瑜伽論十數卷、松本博士の卷子を推して、然も大事を
目録に見ゆる論の三疏、矢吹君の目録の瑜伽論子記者を掲げ、此等が法成譯であるべき卷子を法成の譯論、李氏
取って、法成と瑜伽論及び論疏との關係は、倚将来に待つべき推察の可能が蓋據立てられたが、自分は遠からず巴里の此等の瑜伽
論關係の經典を刊行する時には、石演君及び我等の特徴などを精細に檢べる積りであったが、其の中すべ
居る。

此等の諸經典については、其の卷、章、若しくは其の他の特徴などを精細に檢べる積りであったが、其の中すべ
てを寫眞にして自分の許に送る約束が出来たので、特に日本に關係深きもの、例へば滅盡記の如きもの、外は、一