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0427 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 427 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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唐故三十姓可汗貴女阿那氏之墓誌

(圖版第一〇圖 參照)

此の墓誌銘は既に屡々學者の考證を經たるものにして、陸心源の儀顧堂題跋巻十六に此れが跋交一篇あり、篇末
言ふ所によれば、黄本驥及び王言も亦跋し、前者は古誌石華に、後者は萃編補略の中に収めたり、西人に
して之に注意せしものも亦多く、即ちヒルト氏は Nachwore zur "Inschrift des Tonjukuk"の中に古誌石華
より其の一部分を引用し、然も「興味ある資料なるものとなること難解なり」として其の放識に及らさき、シャヴンヌ氏、
ベイリ氏も亦之を知りたれども、ただ単だ注意すべきものなることを説きて、其の解説に入らさき、(Chavannes,
Doumanis sur les Tonjukuke Occidentaux, P. 310)京都文科大學の内藤教授此の拓本(紙本)を蔵し、知る所を以て下に記す、
が研究發表せられる、即ち篇首に其の寫眞を掲げ、盖し此の墓誌と唐の玄宗開元四年
に職役せし宮闕の可汗驍騎の一女、毗伽公主に關するものにして、公主は國難を避けて其の兄と共に唐に歸順し、
後玄宗の宮闕に入り、更に聖旨により、之によって新しき事蹟の知り得べきものは多からずと雖、陸氏
したる玄宗末の大臣を娶せるものにして、唐代の突厥史料としては重要なる性質を有するものにして、然も西人の研究未だ
シャヴンヌ氏等の考言うが如く、陸氏の考證も亦甚だ密ならず、況んや仙の二氏の跡に至りては余之を見ずと雖、

此の如く、
唐故三十姓可汗貴女阿那氏之墓誌

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