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0433 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 433 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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にして「兄よりなりし(命ぜられて)」の意なるべし。
達平は能に能く人の知るが如く、新唐書に突厥の官名を挙げて「兄、二十八等」とせるものゝ一にして、又た達官、
達幹等の文字により諸書に記さる、arïm なる語を寫せるものなること今論を須ゐず。
阿史德なる性名はまた突厥、一部の性なりしが如く、新唐書突厥行俗の傳に「頡利滅、李靖後突厥嗽散百帳居之(雲中)、
たその車鼻の傳に「頡利滅、李靖後突厥嗽散百帳居之(雲中)、まま以阿史德爲之長」等と見ゆ。

○三十姓可汗愛女建甲賢力嘰伽公主。
此の名は能に説きたる所にして、只だ建甲の一字は前に見いえず、此の語も或は突厥語ならずして其の形に於て最も近きものを撰べ
かる「甲」なる所以なる可からず、而して突厥語に於てもかゝる言葉を知らされば、暫
らく建冊と読みて、漢語としては建再に意を解す可らず、冊立の如き意と解釋せんとす、舊唐書廻紇傳には、代祭が「〈牛羽就牙張前、鑑冊左殺、封鳥
推副王」の語見え、其の他加冊等の文々は腸々見ゆる所なれば、建冊の語も必ずしも不當には非るべし。

○比漢主公。
主公の二字は公主の誤りなるべし。

唐叛三十姓可汗賞女阿那氏之墓誌

三七二