National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0440 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 440 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

三七八

人を納れしが、中に慷慨なるものあり、即ち嘗て営の懐公の妃なりしものにして、今更ために重耳に救されしこと
を記せり、されば此の一句は公主が天慈を絞りて開元三四年の頃、即ち獣慶に仕じし頃より、公主の没時なる家兄に求むるものに外ならず、家兄と云へるものに外ならず、按ずるに開元三四年の頃、即ち獣慶に仕じし頃より、公主の没時なる
飼ち二十姓天上得毗伽殺可汗也と見ゆ、突厥の殺可汗とは
一年頃までの間に、突厥厳傳の外に求む毗伽殺可汗に相当する閾元十
ず、唐書突傳に曰く「毗伽殺可汗獣輦連、本調小殺者、性仁友…:」と、即ち此の女に冒へる毗伽殺可汗とは
べく、殺は設と書かる突厥の官名にして、其別部典兵者日設(厩唐書突)と記し、突厥語の sɑd を寫せるもの
なりとす、而して獣輦連が嘗て設なりことは、西紀六九一年より設(厩唐書突)と記し、突厥語の sɑd を寫せるもの
閾記せらるることにして、(Marquart, Chronologie der alttürkischen Inschriften, S. 83)可汗の位に上り其後
も、以前の官名を其の儘に稱へしこと獣慶可汗の例に於るが如し、天上得等の美稱は前述の如くにしてこれも普
と意謂の相混ぜるものなり。
傍て毗伽公主よりして此れを家兄と云ふは如何なる故なりや、今便宜の爲め此の両者、及び此の誌に見ゆる人
々の血族上の關係を表示すれば、左の如し。