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0445 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 445 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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津々たり、史上の價値少からずといふべし。(完)

附記。此の稿はゞ成りしは昨夏夏あり、今此れを公やけにするに際して、「通報」誌上ベィョ氏の記する所に
よりて碩學シャヴンヌ氏が、本年度に此れが解説を發表せしことを知れり、(Toung Pao, Vol. XIII. No. 3)、
本文中に述べたるが如く、氏は前より此の墓誌に注意せしことなれば、暫らく舊稿を竝げ、他日の改訂を期せんとす。
べし、されど今彼かに此れを見るを得ざる以て、暫らく舊稿を竝げ、他日の改訂を期せんとす。
但だベィョ氏の言によれば、シャヴンヌ氏は此の碑を建設したるものを「家兄」と見たるに、これ即
ち「家兄」の語を解釋して「私の兄」と見たるにして、「家兄郎二十性天上得毗伽可汗也」と記
さるゝを以て、此の碑を建てしものは其の弟たる闕特動なるものにして、此の語は余も亦た援
だ解釋に苦しみたる所なれども、ベィョ氏を闕特動と解する迄の考には達せらざりき、今にして頗
べき理由を知らざるも共に、ベィョ氏の高識特動と解する迄の考には達せらざりき、今にして頗
べィョ氏はまた「阿史得覺覺は、既に覺覺中に死し、其の動亂中に来りて宮闕に入られ」と解釋したるが如きも、此
れも余の同ずる能はざる所なり、「委命南弃」は、もとより漂落分崩の脅に命を委したるものなれば、何が故に「家兄犯法、身入宮
闕」なる記事を生ずべきや、「委命南弃」は、もとより漂落分崩の脅に命を委したるものなれば、何が故に「家兄犯法、身入宮
て南方唐に走りしもの死を以て、恐らく自殺せしものならんといふ、而して其の理由は余が述べたるが如く、

ベィョ氏父たる公主の死を以て、恐らく自殺せしものならんといふ、而して其の理由は余が述べたるが如く、

唐故三十姓可汗貴女阿那氏之墓誌

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